函箱雑記帖
造形作家岩田美智子の展覧会案内、日常のいろいろなど。
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個展開催中
11月25日から神戸のマルニにて個展開催中です。〜12月9日



マルニは元町駅から歩いて5分ほどにある古くて渋いビルの4階。
どこに入り口があるのかすぐには分からないような小さな間口を入ると時間が止まったような建物の中に数件の店やカフェ、事務所などが入居し長く大切に活かされてきた事が伺えます。
マルニの空間にも古いビル特有の鉄製の窓から柔らかい日差しが射し独特の光が磨り減った床を包みこの一部屋の中に作品を並べてゆく作業は至福のひとときというものでした。
今回は向井理依子さんからフランス仕込みの額装をしていただいた作品も数点。
どれも私の作品の意図を良く組んでいただいた繊細な仕上げで感心そして感謝!
関西近郊の方、栄町ビルディング4階まで階段を昇って白い古いドアを開けてみてください。私の作品が午後の自然光の中で点々と転がっています。
壁には額装のモノ額装のないモノ混在してコラージュ展示しています。
頭を休めに来ていただけたら幸せ!
台南にて
台湾、行ってきました。
少々の仕事をし、あとは存分の自由時間を過ごしての4日間。
2回目の台湾だったけれど今回はギャラリーオーナーから台南までの一泊小旅行にも誘って頂き、すっかり台南の魅力にハマりました。
大都会の台北とは趣の異なるゆったりとした街並み。新築よりも古びた建築が多く、イカした渋ビルや傾いた様な木造家屋もあちこちに。
さすがに廃墟と化したものも多いのだが何故か取り壊されること無く街中で傾ぐその姿にはそこはかとなく詩情が、、、(これは個人の感想です、笑)
ぺんぺん草の生えた赤い瓦屋根の廃屋。
空き地に残る住居の痕跡だけを残したタイル壁。
どんな家族がどんな生活を営んでいつから見棄てられたのだろう。
穴の空いた天井から台南の青い空が見える。
暑い風が吹き壊れかけた窓枠が音をたてる。
自然に還る永い時間の流れに身を置くものの音階はどこか切なく胸を打つ。

それにしても台南人の優しさといったら!感動します。
よそ者と自分たちの間に警戒の垣根を作ることなく、親しく受け入れてもらえる心地好さを滞在中ずーっと感じていた。
偶然出会った木工おじさん、年季の入った薬屋さん、片言日本語で挨拶してくれたバラック店舗のおじいさん、車でとことん台南案内して超美味しい牛鍋屋さんに連れて行きドライマンゴのお土産まで持たせてくれた女性。
どの人も初対面。尊敬できる人物ってテレビや本の中にいるんじゃない。
こんな人たちだって思う。皆さんに心から謝謝!

またね、台南、必ず再見!

木工おじさんの作業場


日本語で話しかけてくれたおじいちゃん

廃寺の屋根

廃屋の窓

洗面台の残る壁
個展案内 / マルニ 神戸




岩田美智子 展
2017年11月25日(土)ー12月9日(土)
12:00ー18:00 会期中無休
作家在廊 25日
MARUNI
神戸市中央区栄町通り3-1-7栄町ビルディング402号 080-3803-3006
http://gallerymaruni.at.webry.info/

久しぶりの個展です。
今回は向井理依子さんに額装していただいた作品も何点かあります。
その他箱とオブジェのコンポジションなど。
神戸の方、近郊の方、又は旅の途中の方是非観に来てください。
私は25日在廊します。お気軽にお声掛けください。
Toronto トロントへ
9月末〜10月4日まで展覧会の為カナダのトロントへ行ってきました。
初カナダ、「地球の歩き方」を買いトロントという街について下調べしてみるとどうやらナイアガラの滝へ近いらしい。
あのナイアガラである。どの?と言われそうだが“あの”で充分ですよね。
大瀧詠一が音頭を作曲した、あの。
マリリンモンローの映画にもなった、あの。
サマンサとダーリンの新婚旅行先(記憶違いだったらゴメン)の、あの。
何だか盛り上がる。

でも先ずはもちろん展覧会。
海外では何と言ってもオープニングパーティーが大事だという事。
いっぺんに沢山の人と会い、よく分からない英語に笑顔で頷き、そりゃもうグロッキー(死語?)ってやつである!
ギャラリーの人に申し訳ないほどこのオープニングというのが苦手。作家として役に立てない、というか足を引っ張ってる?!(苦笑)
展覧会はそっと始まって完売で終わる、というパターンが理想だけどそんなお得な目にはあったことは勿論ない。

でトロント街歩き。楽しかったのはケンジントンというヒッピー色の濃い地区。
古ぼけた低層の建物が並ぶ地区。中華街のすぐ近くでちょっと行けばイタリア人街などもあるらしい。
北米のピッピー文化、興味ある。
香料漂うインド系の洋服屋、古着屋、スパイス屋など、なるほどそれっぽい。
歩いている人種も様々でムード的になんかユルイ。このユルさは妙に落ち着く。スタイリッシュなイマドキ感は薄くそこがいい。
トロントはもともと移民の多い街。だからだろうか自分たちが遠い国から来た外国人だという意識も殆ど感じることなく歩ける。

もう1つ行きたかった場所は“歩き方”にも載っていた「Black Creek Pioneer village 」という開拓時代の村を再現した公園。
ここも1人で盛り上がってしまう。だって大草原の小さな家ファンだからね、私。
人目気にせずおばちゃんから少女へ速攻タイムスリップできる。
まるでインガルス一家の丸太小屋、オルソンさんの店、素朴な宿屋、ドクターの家。あの時代の村が小物や道具も含めてきっちりオリジナルに忠実に再現されている。
日本の地方都市に見られがちな「ステキな外国」を真似ただけのテーマパークとはだいぶ違う。トロントへ行ったら是非!とおススメ。

そして最後はナイアガラ音頭である。
ホンマもんの迫力は「!!!」としか形容できない。
すぐ目の前を物凄い水量の水が塊になって一気になだれ落ちて行く様といったら…
今こそ滝の周りは一大観光地でホテルが建ち並んではいるが、まだインディアンしかこの地に居なかった頃の光景を想像するとそれはどんなにか神々しい大地だったろう。圧倒的な自然力の前に立つと感動というよりも畏怖の気持ちで満たされる。
滝壺に挑むようなびしょぬれアトラクションボートにも乗船。
水飛沫の中、何がなんだか分からないうちに終わったけどボートから落ちなくて良かった!老いた愛犬が待ってるからまだここで命は落とせない。
でも生死のキワを目撃しているような衝撃さえ覚えるナイアガラ瀑布だった事は確か。地球は美しい、地球は活きている、人間は謙虚であるべきだ、とつくづく思う。

さてトロントでの展覧会は今月も続行中。
置いてきた作品たちの評判はどうだろう。気にはなりつつも、次の作品展に向けての制作にかかる。 次は11月神戸での個展を予定しています。


mjolk/iwata iwata exhibition


Black creek pioneer village


Niagara
ルート191
小串
今年の夏はこれまたひときわ暑い!
外出の機会が減る。おかげで仕事は捗るか、と思えばウチに篭ってばかりいると頭の中が淀んでくるので制作量の割に納得いかないモノもできてしまう。
こんなことが続くと気分も淀んでしまうので思い切って外へGOGO。
という事で今年の夏の一泊ドライブは山口方面へと。

初日はただ温泉宿でダラダラ。
いわゆる旅館料理というものが苦手なので(別に食べたくないなぁと思うもので品数多すぎ)最近は素泊まりプランがある宿を好んで選ぶ。
夕食は併設の食堂や隣接の居酒屋があれば充分。食べたいものを食べたいタイミングで食べたい量だけ。出されたものより選んだもので、が気楽。
朝ごはんも旅館では要らない派。ちょっと寝坊したい、朝風呂入りたいのに朝食時間を決められ落ち着かない。
もっぱらコンビニサンドやおにぎり持参で済ます方がこれまた気楽。

さて温泉で疲労を回復し翌日は海岸線沿いのドライブ。
この山口の日本海側を走るルート191号線が好きだ。片側にJRの単線が走り海のキワッキワをなぞりながら道が続く。
途中途中国道の脇道を入ると小さな漁港が点在する。
観光地でもなんでもないこういう漁港こそ見逃せないスポット。
好い倉庫や路地が入り込む集落が残っている。
それぞれの扉が色分けされたトタン小屋の健気さ、整頓された漁業道具のコンポジション、真っ青、真っ赤、ベージュ、グレー、どの色も海風に晒され程よく退色している。
小さな漁村の静謐な佇まいの1つ1つに薄暗いトンネルから抜けた時のような眩しさを覚え滞っていた脳内にフレッシュな風が吹き抜ける。

国道191号を少し外れ角島大橋を渡りグルリと島を一周し車を北九州方面に向けて今度は海を右手に見ながらの帰路。
下関から関門トンネルを抜け門司に入ると国道は199号線へと続く。
小倉に程近い道沿いにやたら渋い煉瓦造りの洋館と工場を持つ一画があり車を停めて鉄扉越しにうっとりと眺める。
どうも人の気配がなくもう使われていないのかよくはわからない。
人がうち捨てれば朽ちて行くしかないこういう古い建築を見ると愛おしさと同時に切なさと悔しさが込み上げてくる。
ローマやニューヨークで見たような古い倉庫や工場を再構築した現代美術館に再生すればどんなにか特別な空間になるだろう。
日が傾く夕刻しばし妄想タイムに浸りながら国道沿いの夏の旅は終わり。

さあ、感性の渋滞は少しは解消できた、明日からまた制作再開だ。
次の展覧会は9月カナダのトロントです。

百草企画展とzakka常設
久しぶりに数点づつですが2つのお店に作品納入しました。
多治見のギャルリ百草企画「お茶の時間」7/1日〜17日。
百草らしいお茶の設え席に私の作品がどう使われるのか、楽しみです。
(見には行けないけど、、)
出品作品は壁面オブジェと箱。
.
さらに先日zakkaの眸さんがアトリエに来て選んでくれた数点も今頃お店の棚に並んでいると思います。
昔からずっと変わらない眸さんのもの選びの視点から選んでいただいたものです。
東京の方覗いて見てください!
相変わらず好い空気の満たされた空間だと思います。
近かったら通うであろうのに、、福岡からは遠いなぁ。多治見も東京も。
一見ローテク

素材/折紙


素材/無印の布ブックカバー

次の展覧会に向けての始まりはいつも新作への取り組みから。
頭の中を一回リセットする。
私の場合素材を見つける事、がアイデアのキッカケになる場合が多い。
探しに行くというより身近かな場所で、ふ、と目に付いたものを試す方が好きだ。 今回使ってみたのは黒い折り紙や量販のコピー用紙、布製のブックカバー。
折紙は折ってラインを出しコピー用紙やブックカバーにはパソコンでランダムに引いた線を印刷。
そうして作った素材を切り貼りしてみる。
線の動きでリズムが生まれ個性を持った作品になる。
ローテクニック、いえ、一見(いっけん)ローテク。
でも一見ローテクを侮ってはいけない。一見ってとこがミソ。
一見では分からないところに実は実は拘りの技が有るのですよ。
ローテクで人様に見せる作品を作ることは実はとても難しい。
実際私の好きなアーティストの作品は一見ローテクで制作されている物の方が多い。ミュージシャン然り俳人然り。
勿論私のものが多くの人の共感を呼ぶほどのレベルに達してはいないことも重々自覚した上で言わせてもらえれば 分かりやすいテクニックに走ったり頼ったりする気持ちを抑えて自分だけの拘りで敢えてのローテク選択なのだ!と小声で言いたい。(小声でってとこが気が小せぇ)
自分の(好き)に理由は無用。何に拘るのか何故そこが大切なのか?どこまでも自由に選び、そしてその(好き)を信じてみよう。
私の作品はこんな単純なオモワクから生み出される。それでいいと今は思っている。
MAAM-Metropoliz / Roma
今回ローマでの滞在の最終日を土曜日に決めたのはMAAM-Metropolizというアートスペースに行きたかったから。
ここはいわゆる不法占拠という方法でアーティストたちが活動をしている場所で土曜日だけ一般開放している。
20年近く廃墟となっていたサラミ工場に家を失ったり追われたりしたイタリア人や移民の人達が住み着いた事から始まったらしいが当初こそ治安に問題ありのこの場所も地区の有志たちの努力で今では個性的なアートスペースになっているという事。
さてそこはローマのうんと外れにある。時間の都合もあるので行きはタクシーで。プレスティーナ通り913と手書きの番地が書かれた門前までタクシー代約30ユーロ。結構遠い。
入り口で任意の寄付金を箱に入れて早速周りを見渡せばもう私のアドレナリンはフツフツ。顔面には薄ら笑いが、、、。
既に空気が違う。放牧地のような、キャンプ場のような、穴倉のような、廃墟のような、広場のような、長屋のような、いろんな空間が奥に奥に上に上にと続いている。
ここはもう覚悟を決めて躊躇なく潜入でしょーよ。
子供達が走り回っている。チャオと声かけるとチャオと明るく応えてくれる。
廃工場の内や外に継ぎ足したり修繕したりして人々の居住空間があり好きな場所をアトリエにして作品を制作中のアーティストもいる。
あちこちにグラフィティが描かれ奔放な作品がインスタレーションされている。
時々ポタポタと雫が落ちてくる。見上げれば大きく開いた天井の穴から真っ青な空が見える。 一画にはジァンクなカフェまであり中南米人らしき女性たちが料理をしていた。
イタリア人や多民族の人々がごっちゃに暮らしている。
展示スペースよりもこの住人たちの居住空間の作り方の方が断然興味深く私の足取りはどんどん軽くなる。
薄暗い廊下を進み角を曲がれば急に視界がひらけ洗濯物がはためく広場のような場所に出たり、半壊の壁の向こうにテラスが広がって三輪車で走ってくる女の子とすれ違ったり。

決して恵まれた環境とは言えないんだろうが伸び伸びとした空気が流れているのは何故だろう。
内と外の曖昧な空間は私たちに線引きのくだらなさや窮屈さを示しているようだ。
最低限のインフラで暮らしていようと大切なモノは自身の心根にあり生きるのに必要なものは人との繋がりという、なんだか忘れ去らせそうな価値観が此処では活かされている。日本で言えば戦後のバラックや市場、に近いのかもしれない。
イタリア発祥の美術ムーブメントArte Povera (貧しいアート)の自由な支流がサラサラと脳内を流れてくる。
しかしこういう場所はいつ政府による強制撤去になるかは分からないという。
阻止できる方法は名所になることかも。 興味のある方是非どうぞ!

さぁ、いつまでもここに留まりたい気持ちを抑えて帰りは住民の青年に教えてもらった経路でバスと路面電車を乗り継ぎローマの街中へと戻る。
ホテルへの帰路チルコマッシモ(古代ローマ競馬場跡)で小石や鉄屑、陶片らしき物を拾う。正にロマン溢れる自分へのローマ土産として。

Grazie Roma Grazie Italy!

MAAM-Metropoliz についてのより詳しい情報は以下HPで。
http://passione-roma.com/人が暮らす現代美術館-metropoliz/" target="_blank">metropolis/







ミラノで



さて4月は佇まい展ミラノでした、と過去形ですが無事終了。
サローネというインテリアの国際見本市のような行事に合わせての開催となり会場にもイタリア人よりももしかしたら他国の人の方が多かったかもしれない。
私にとってはそのことが好機となり実際関心を持って頂いたのも殆どが北ヨーロッパから来たそれ関係の人たち、という結果でした。
ベルギー(アントワープ)のギャラリーからは沢山選んで頂いた上にこの会期後にも作品を預からせてくれ、という新展開のオファー迄。ありがたいことです。
反面イタリア人たちの反応には今ひとつガツンという手応えが無く、それはどの作家も似たようなもので、この生き様メンタルの大いに異なる国(大切なのはアモーレ、マンジャーレ、カンターレ?だったっけ)で日本の生活工芸を受け入れてもらうには根気強いアプローチが必要なのだろうか、あるいは無謀な試みか?無理強い!なんて事じゃなければ良いけれど(汗)
それでも披露しなければ何も始まらず反省が次の展開への推進力にもなるはず、と作家たちはすでに先を見ながら活動を再開しているはずです。
どこか楽天的で且つ頼もしい佇まい展の作家たちですから。

それにしてもイタリア美味しかった!
Buono!ばっか連呼し帰国したら2キロの体重増加!にゾーとしつつ美味しかったベスト3などを頭に思い浮かべもう涎出そうになっています。
トロトロの湯葉のようなフレッシュチーズとトマト、薄切りカラスミトッピングのサラダ、ベネチアのソフトシェルクラブ、乳化したボンゴレパスタ、信じられないほど美味しいカリカリパンチェッタの入ったカルボナーラ、、、
選べない!どれも目が醒めるほど美味しゅうございました!
グラッチェ、イタリア!グラッチェ、私の丈夫な胃袋??
さて、イタリア編後半、是非お伝えたい場所などあるので近日中に写真とともに再upする予定です。
佇まい展ミラノ




いよいよ佇まい展イタリアへ行きます。
パリから始まりニューヨークへそして今回はミラノサローネの時期に合わせての開催。4/3〜7 at MUJI CORSO BUENOS Aires MILANO
正直私の作品がイタリアで評価される自信は無い。が、とにかく作品並べてみないと始まらぬ、で、いつもの楽観主義でGO。
なんせイタリアといえばジーンズにアイロンかける!という衝撃な習慣(笑)があるそうで私のボロ推しの作風(ってどんなんや??)が拒否されるのでは、と危惧しつつ
一方で「貧者のアート」という分野が生み出された国でもあるというギャップが興味深いと思っているわけで、、、。
さてどんな人たちに会えるのかどんな反応を貰えるのかビクビクではなく堂々とワクワクしながら作品を並べてみよう。
会場の写真も楽しみにしていてください。