函箱雑記帖
造形作家岩田美智子の展覧会案内、日常のいろいろなど。
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一見ローテク

素材/折紙


素材/無印の布ブックカバー

次の展覧会に向けての始まりはいつも新作への取り組みから。
頭の中を一回リセットする。
私の場合素材を見つける事、がアイデアのキッカケになる場合が多い。
探しに行くというより身近かな場所で、ふ、と目に付いたものを試す方が好きだ。 今回使ってみたのは黒い折り紙や量販のコピー用紙、布製のブックカバー。
折紙は折ってラインを出しコピー用紙やブックカバーにはパソコンでランダムに引いた線を印刷。
そうして作った素材を切り貼りしてみる。
線の動きでリズムが生まれ個性を持った作品になる。
ローテクニック、いえ、一見(いっけん)ローテク。
でも一見ローテクを侮ってはいけない。一見ってとこがミソ。
一見では分からないところに実は実は拘りの技が有るのですよ。
ローテクで人様に見せる作品を作ることは実はとても難しい。
実際私の好きなアーティストの作品は一見ローテクで制作されている物の方が多い。ミュージシャン然り俳人然り。
勿論私のものが多くの人の共感を呼ぶほどのレベルに達してはいないことも重々自覚した上で言わせてもらえれば 分かりやすいテクニックに走ったり頼ったりする気持ちを抑えて自分だけの拘りで敢えてのローテク選択なのだ!と小声で言いたい。(小声でってとこが気が小せぇ)
自分の(好き)に理由は無用。何に拘るのか何故そこが大切なのか?どこまでも自由に選び、そしてその(好き)を信じてみよう。
私の作品はこんな単純なオモワクから生み出される。それでいいと今は思っている。
MAAM-Metropoliz / Roma
今回ローマでの滞在の最終日を土曜日に決めたのはMAAM-Metropolizというアートスペースに行きたかったから。
ここはいわゆる不法占拠という方法でアーティストたちが活動をしている場所で土曜日だけ一般開放している。
20年近く廃墟となっていたサラミ工場に家を失ったり追われたりしたイタリア人や移民の人達が住み着いた事から始まったらしいが当初こそ治安に問題ありのこの場所も地区の有志たちの努力で今では個性的なアートスペースになっているという事。
さてそこはローマのうんと外れにある。時間の都合もあるので行きはタクシーで。プレスティーナ通り913と手書きの番地が書かれた門前までタクシー代約30ユーロ。結構遠い。
入り口で任意の寄付金を箱に入れて早速周りを見渡せばもう私のアドレナリンはフツフツ。顔面には薄ら笑いが、、、。
既に空気が違う。放牧地のような、キャンプ場のような、穴倉のような、廃墟のような、広場のような、長屋のような、いろんな空間が奥に奥に上に上にと続いている。
ここはもう覚悟を決めて躊躇なく潜入でしょーよ。
子供達が走り回っている。チャオと声かけるとチャオと明るく応えてくれる。
廃工場の内や外に継ぎ足したり修繕したりして人々の居住空間があり好きな場所をアトリエにして作品を制作中のアーティストもいる。
あちこちにグラフィティが描かれ奔放な作品がインスタレーションされている。
時々ポタポタと雫が落ちてくる。見上げれば大きく開いた天井の穴から真っ青な空が見える。 一画にはジァンクなカフェまであり中南米人らしき女性たちが料理をしていた。
イタリア人や多民族の人々がごっちゃに暮らしている。
展示スペースよりもこの住人たちの居住空間の作り方の方が断然興味深く私の足取りはどんどん軽くなる。
薄暗い廊下を進み角を曲がれば急に視界がひらけ洗濯物がはためく広場のような場所に出たり、半壊の壁の向こうにテラスが広がって三輪車で走ってくる女の子とすれ違ったり。

決して恵まれた環境とは言えないんだろうが伸び伸びとした空気が流れているのは何故だろう。
内と外の曖昧な空間は私たちに線引きのくだらなさや窮屈さを示しているようだ。
最低限のインフラで暮らしていようと大切なモノは自身の心根にあり生きるのに必要なものは人との繋がりという、なんだか忘れ去らせそうな価値観が此処では活かされている。日本で言えば戦後のバラックや市場、に近いのかもしれない。
イタリア発祥の美術ムーブメントArte Povera (貧しいアート)の自由な支流がサラサラと脳内を流れてくる。
しかしこういう場所はいつ政府による強制撤去になるかは分からないという。
阻止できる方法は名所になることかも。 興味のある方是非どうぞ!

さぁ、いつまでもここに留まりたい気持ちを抑えて帰りは住民の青年に教えてもらった経路でバスと路面電車を乗り継ぎローマの街中へと戻る。
ホテルへの帰路チルコマッシモ(古代ローマ競馬場跡)で小石や鉄屑、陶片らしき物を拾う。正にロマン溢れる自分へのローマ土産として。

Grazie Roma Grazie Italy!

MAAM-Metropoliz についてのより詳しい情報は以下HPで。
http://passione-roma.com/人が暮らす現代美術館-metropoliz/" target="_blank">metropolis/







ミラノで



さて4月は佇まい展ミラノでした、と過去形ですが無事終了。
サローネというインテリアの国際見本市のような行事に合わせての開催となり会場にもイタリア人よりももしかしたら他国の人の方が多かったかもしれない。
私にとってはそのことが好機となり実際関心を持って頂いたのも殆どが北ヨーロッパから来たそれ関係の人たち、という結果でした。
ベルギー(アントワープ)のギャラリーからは沢山選んで頂いた上にこの会期後にも作品を預からせてくれ、という新展開のオファー迄。ありがたいことです。
反面イタリア人たちの反応には今ひとつガツンという手応えが無く、それはどの作家も似たようなもので、この生き様メンタルの大いに異なる国(大切なのはアモーレ、マンジャーレ、カンターレ?だったっけ)で日本の生活工芸を受け入れてもらうには根気強いアプローチが必要なのだろうか、あるいは無謀な試みか?無理強い!なんて事じゃなければ良いけれど(汗)
それでも披露しなければ何も始まらず反省が次の展開への推進力にもなるはず、と作家たちはすでに先を見ながら活動を再開しているはずです。
どこか楽天的で且つ頼もしい佇まい展の作家たちですから。

それにしてもイタリア美味しかった!
Buono!ばっか連呼し帰国したら2キロの体重増加!にゾーとしつつ美味しかったベスト3などを頭に思い浮かべもう涎出そうになっています。
トロトロの湯葉のようなフレッシュチーズとトマト、薄切りカラスミトッピングのサラダ、ベネチアのソフトシェルクラブ、乳化したボンゴレパスタ、信じられないほど美味しいカリカリパンチェッタの入ったカルボナーラ、、、
選べない!どれも目が醒めるほど美味しゅうございました!
グラッチェ、イタリア!グラッチェ、私の丈夫な胃袋??
さて、イタリア編後半、是非お伝えたい場所などあるので近日中に写真とともに再upする予定です。
佇まい展ミラノ




いよいよ佇まい展イタリアへ行きます。
パリから始まりニューヨークへそして今回はミラノサローネの時期に合わせての開催。4/3〜7 at MUJI CORSO BUENOS Aires MILANO
正直私の作品がイタリアで評価される自信は無い。が、とにかく作品並べてみないと始まらぬ、で、いつもの楽観主義でGO。
なんせイタリアといえばジーンズにアイロンかける!という衝撃な習慣(笑)があるそうで私のボロ推しの作風(ってどんなんや??)が拒否されるのでは、と危惧しつつ
一方で「貧者のアート」という分野が生み出された国でもあるというギャップが興味深いと思っているわけで、、、。
さてどんな人たちに会えるのかどんな反応を貰えるのかビクビクではなく堂々とワクワクしながら作品を並べてみよう。
会場の写真も楽しみにしていてください。
線の紙
私が箱を制作する過程の一つに紙を貼るという作業がある。
今までは主に古い書類や古ノートのページを使用してきた。
時には道で拾ったメモ用紙なんかも。
手書きの数字や文字が味わい深く用済みのモノが放つクタビレた古い紙質自体が充分魅力的だからだ。
好い具合の紙を見つけ出せるかで作品の質は左右される、と思っている。
つまり紙を見つける感度と労力が制作過程上必須。
これはこれで鍛えている自負はある。
アトリエの引き出しや棚には収集してきた古紙が層を作り見飽きない好い一角になっている。
ただ、今ハマっているのは普通のコピー用紙にパソコンでデザインした線を印刷した「線の紙」を作ること。
コレがなぜ面白いかというとひとえにパソコン技術の未熟さ故、自分では意図しないような線、図形ができてしまうという不得手上等!という訳のわからなさ。
Mac Proを立ち上げ 慣れない作業で線を引いてゆく。
表を作ったり手描き線を足してみたり行替えや線の太さも結構適当というか、、、適当になってしまう。
つまりちゃんと整えるってことができない。コレが思わずヘンテコな線になって実に私らしい(イイ加減ライン)になる。
整列より整列と見せかけてチョット乱れている−これが自由社会だ!って思わずイデオロギーっぽい独り言を小声で叫ぶ?
家のコピー機で量販紙に印刷しその紙を切り取りながら箱の面に貼ってゆくと線や格子模様が意外に障子や欄間などの日本的なデザインにも見えたりもする
ただしそこは私メイクなのでボロ感は出したい癖でチョット粗っぽい加工は入れますが、、、。
このシリーズは次の「佇まい展」ミラノへ出品する予定。
積み上げれば日本の都会のビル群のようにも見えポツンと一つ置けば格子窓の一間にも見える。
ピカピカイメージの強いイタリアでどんな評価を貰えるのか?いつものようにピンポイント受けだろうな、やっぱり(笑)


2016の展覧会終了!
さていよいよ今日で今年の展覧会も終了。
すでに前半どこだったけ?状態でその為にブログに記録しているようなもの。
6月ニューヨーク行ったんだったよ〜何だかもう記憶が薄れているってのはその後のパリでの展覧会があまりに濃密な経験だったからか、、、。
あんなに時間も自由も信頼も経済的サポートも頂いての仕事は初めてでした。
良いギャラリストに巡り会えて本当に良かった!
でもこれは決して運などではなくブレずに活動してきた小さなコツコツが引き寄せたものだと自負している。
さらに沢山のヒトたちに支えられての結果でもあります。感謝!
それはそうと奈良の[鹿の舟]は古い日本家屋を改修した空間です。
ギャラリーとして作られた場ではないのですがある意味自由に展示空間を構成も出来る。 日本家屋の持つシンプルさと線のデザイン、その魅力に素直に従い展示してみました。
私の作品を置いた部屋はレトロな洋間で古い格子の窓枠の外には奈良の家並みが広がる。その光景につながる不思議な区域の様な展示になりました。
今年数々の展覧会に足を運んで頂いた皆様に心より感謝します。
いつか感想聞かせて頂けたら嬉しいです。






奈良「鹿の舟」二人展案内






今年最後の展覧会は奈良。
くるみの木が奈良の旧市街にオープンした「鹿の舟」にて。
これまでは秋篠の森「月草」で開催していましたが今度のところは初めて。
古い一軒家を中村好文氏がリノベーションした建物ということで洋間と日本間のあるとても良い感じの空間。
先月まで展覧会を開催していたパリの元工場後の剥き出し空間とはガラリと変わっての奈良らしいスペースでどんなインスタレーションをお見せできるのか、ドキドキですが楽しみです。
近郊の方、ご旅行をお考えの方どうぞお立ち寄りください。
カフェや図書室も併設しているようです。
尚今回は蔵にて岩田十三の水彩画三点も特別展示させていただきます。

12/10(土)ー18日(日)11:00〜17:00
会期中水曜日休/ 最終日〜16:00
作家在廊10、11日
鹿の舟 0742-94-3500
脆弱な梯子


パリでの展覧会のインスタレーションにはノベ20日間程かかった。
数年前からパリ滞在中に拾い集めた板切れや鉄板その他諸々のジャンクをギャラリーの倉庫に保管してもらっていた。
さーて!これらをどーしょー??と我ながら集めたジャンク類を前にしてその多さに戸惑ったが、展示をして行くうちにどんどん消化し結局ほぼ使い切ったから凄い。
偉いぞ私! そして展示の最後は布地加工工場から譲ってもらっていた黒いウール地を切り裂き長い布の梯子を作った。
梯子を下げたのには実は意味がある。
借りていた友人の19区アパートに程近い大通り沿いやメトロ線高架下に連なるアフリカからの難民のテント、日に日に増えて行くそのさまを毎日目にしながら生活していた。
民間ボランティアの隣人たちが食事を配給する中、難民たちは狭いテントの中で毛布にくるまり身体を寄せ合う。
その光景は日本に居てヨーロッパに押し寄せてくる難民たちの様子をテレビ画面でしか見たことのなかった私の心を動揺させた。
今、正に世界で起きている現実。
日常の光景の中に在る厳しい現実。
私たちの差し出す梯子はとても脆弱だ。それでもそんな梯子にさえ手をかけざるを得ない人たちがあとどのくらいいるのだろう、、、。
そんなことを思いながら (ナニモシラナカッタコトトオナジ)自分を戒めるように梯子の段をキツく結びこの展覧会のシンボル旗として天井近くの壁から床に下ろした。
敢えて説明はなし、タイトルも記さずただ寡黙に下ろす。
2016年10月11月パリ20区のギャラリーには私たちの結んだ「脆弱な梯子」が下りている。



Exhibition 「間」MA in Paris
9月中旬より展覧会の為パリ入り。
約40日間の滞在を終えつい一昨日帰国しました。
パリでブログを更新する余裕がなくすっかり事後報告というか展覧会は11月中も続くので途中報告というか、、。

結論から言うと上々の??展覧会になりました。
20日近くかけた展示準備期間は特にスペシャルな毎日でした。
先ずオーナーのジャン philippeから大きな鉄の扉の鍵を渡され
「いつでも来ていいよ」。 そして連日のギャラリーへのバス通勤。
とは言ってもそこはフランスのこと、作業は「未だ時間あるね」と言って実にノンビリ進み夕方になるとポン!と白ワインが開きグラスが3つ、時にはJ.philippeの友人の分まで4つ、5つと並べられる。
こうして前半は一向に片付けられない前展覧会の大きな鉄の彫刻や絵画を眺めながらギャラリー内をウロウロ歩き回り、
ストックしていた拾い物の板やドアーや敷物をあちこち配置してみたり、
道に何か捨ててあるのを見つけては懲りずに運んできたり、
ココはコレかな、あそこの角はこうしようと脳内インスタレーションに没頭。
こういう時間こそウキウキと愉しくもありどれだけウロウロしててもちっとも飽きない空間なのでした。
やがて石の壁にドリルで穴をあけては棚を作り付け、イワタ小屋を立て、
白い壁面に土絵の具で輪を描き、発泡スチロールの板に生土を重ね塗り、
昼には近くのベトナム料理やでフォーを食べ夕方にはJ・philippeが開ける白ワインやシードルを飲み、
借りている部屋に戻れば簡単な夕食を作り赤ワインを開けお腹を満たしベッドへ倒れこむ、といった毎日。
バスに乗り通勤し働いて食べて飲んで寝る。
普通の毎日だけど美味しいサラミやチーズに豊富で安価な野菜 、果実、ワイン、 このシンプルで質の高い食材が1日の疲れを充分に癒してくれた。
こういう毎日を過ごしながら連日の作業でコツコツ作った空間です。
先ずは写真を見てください。
展覧会自体の細かい報告は次の機会に。
なお展覧会会期は11月いっぱいまで延長になりより多くの人に観て頂けます。
詳細はコチラHPで。
スマホとインスタグラム
スマホを持ってない、どころか、我が家に1台あるガラケイもいつも充電器の上で持って出かける事が習慣付いてない。。
たま〜にこいつが鳴ると慌てる。慌てた挙句ぱかっと開けてみるけど大抵既に電話は切られた後、、、。
もしかして大変礼儀を欠いた事をしてしまっているのか?
悩ましい、、、。

悩ましいけど持つ気が湧いてこない。
持たなければあの「電車の中ほぼ全員スマホ俯き団」の一員にはならない。
あの光景が苦手と今さら言ってみても何だか頑固オヤジみたいでどーよ、だけど。
知らない土地に行った時などスマホで地図検索すればきっと道に迷う事もなく効率的に移動できるんだろう、とは理解できる。
でもね、、、ときには道に迷ったおかげで好い路地に入り込んだり、
お!というような渋い一画を見つけたり、
そしてそこらへんの人に道を尋ねて思いがけずの親切な対応に接して嬉しかったり、そんな経験が沢山あるんだな。
今どき横浜で中華街はどっちですか?とか、金沢で21世紀美術館はどっちですか?とか聞いてる人少ないかも。
でも迷ってたら親切な人に会い、迷ってたらなんと学生時代の先輩に出くわしたり、そういう事は素敵過ぎて地図アプリじゃ味わえんよなぁ〜って勝手に自己満してしまっている。

最近スマホちょっとだけいじってみた事がある。
写真加工のバラエティが結構充実していてついつい用もないのに写真撮っては加工して遊んでしまった。スマホにかじりついて!
この写真インスタグラムに即投稿できるんだぁ、便利だなぁ、と素直に感心。
今、私はデジカメで撮った写真をイチイチiPadにUPしさらに加工アプリを使ってリタッチしたモノを投稿している。
この作業は楽しいけれどちょっとイチイチが多いので面倒くさい。
ナゼか忙しい時に限ってこのイチイチをやりたくなってしまう性分ときてる!
作品などは角度やセティングをアレコレ考えて写真を撮るので ちょっとしたアタマの整理も兼ねている。
一旦iPadの画面に落としてから作品を見てみると実物を目で見ているときには見えなかった側面が見えたりする。客観性を持てるからだろうか。
さらに投稿する事でもっともっと客観性を持って見てくれるフォロワーさんたちの反応も直ぐに返ってくる。
もちろんフォローしている人たちの投稿もとても参考になるしアタマをやらかくしてくれる。知らない国の部屋だとか風景だとか廃墟だとかアートだとか犬だとか、次々に現れて愉しい。SNSは使い道によっては便利なツールにもなる。

iPadが生活に入ってきてからはかじりつかない程度に活用している、つもり。
つもりっていうのは我が姿は自分には見えないからです!
かじりついてないのかな、、、どーなのかな、わたし。
目の前の人との会話後回しにしてやしないかな、わたし。






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