函箱雑記帖
造形作家岩田美智子の展覧会案内、日常のいろいろなど。
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ルート191
小串
今年の夏はこれまたひときわ暑い!
外出の機会が減る。おかげで仕事は捗るか、と思えばウチに篭ってばかりいると頭の中が淀んでくるので制作量の割に納得いかないモノもできてしまう。
こんなことが続くと気分も淀んでしまうので思い切って外へGOGO。
という事で今年の夏の一泊ドライブは山口方面へと。

初日はただ温泉宿でダラダラ。
いわゆる旅館料理というものが苦手なので(別に食べたくないなぁと思うもので品数多すぎ)最近は素泊まりプランがある宿を好んで選ぶ。
夕食は併設の食堂や隣接の居酒屋があれば充分。食べたいものを食べたいタイミングで食べたい量だけ。出されたものより選んだもので、が気楽。
朝ごはんも旅館では要らない派。ちょっと寝坊したい、朝風呂入りたいのに朝食時間を決められ落ち着かない。
もっぱらコンビニサンドやおにぎり持参で済ます方がこれまた気楽。

さて温泉で疲労を回復し翌日は海岸線沿いのドライブ。
この山口の日本海側を走るルート191号線が好きだ。片側にJRの単線が走り海のキワッキワをなぞりながら道が続く。
途中途中国道の脇道を入ると小さな漁港が点在する。
観光地でもなんでもないこういう漁港こそ見逃せないスポット。
好い倉庫や路地が入り込む集落が残っている。
それぞれの扉が色分けされたトタン小屋の健気さ、整頓された漁業道具のコンポジション、真っ青、真っ赤、ベージュ、グレー、どの色も海風に晒され程よく退色している。
小さな漁村の静謐な佇まいの1つ1つに薄暗いトンネルから抜けた時のような眩しさを覚え滞っていた脳内にフレッシュな風が吹き抜ける。

国道191号を少し外れ角島大橋を渡りグルリと島を一周し車を北九州方面に向けて今度は海を右手に見ながらの帰路。
下関から関門トンネルを抜け門司に入ると国道は199号線へと続く。
小倉に程近い道沿いにやたら渋い煉瓦造りの洋館と工場を持つ一画があり車を停めて鉄扉越しにうっとりと眺める。
どうも人の気配がなくもう使われていないのかよくはわからない。
人がうち捨てれば朽ちて行くしかないこういう古い建築を見ると愛おしさと同時に切なさと悔しさが込み上げてくる。
ローマやニューヨークで見たような古い倉庫や工場を再構築した現代美術館に再生すればどんなにか特別な空間になるだろう。
日が傾く夕刻しばし妄想タイムに浸りながら国道沿いの夏の旅は終わり。

さあ、感性の渋滞は少しは解消できた、明日からまた制作再開だ。
次の展覧会は9月カナダのトロントです。

百草企画展とzakka常設
久しぶりに数点づつですが2つのお店に作品納入しました。
多治見のギャルリ百草企画「お茶の時間」7/1日〜17日。
百草らしいお茶の設え席に私の作品がどう使われるのか、楽しみです。
(見には行けないけど、、)
出品作品は壁面オブジェと箱。
.
さらに先日zakkaの眸さんがアトリエに来て選んでくれた数点も今頃お店の棚に並んでいると思います。
昔からずっと変わらない眸さんのもの選びの視点から選んでいただいたものです。
東京の方覗いて見てください!
相変わらず好い空気の満たされた空間だと思います。
近かったら通うであろうのに、、福岡からは遠いなぁ。多治見も東京も。
一見ローテク

素材/折紙


素材/無印の布ブックカバー

次の展覧会に向けての始まりはいつも新作への取り組みから。
頭の中を一回リセットする。
私の場合素材を見つける事、がアイデアのキッカケになる場合が多い。
探しに行くというより身近かな場所で、ふ、と目に付いたものを試す方が好きだ。 今回使ってみたのは黒い折り紙や量販のコピー用紙、布製のブックカバー。
折紙は折ってラインを出しコピー用紙やブックカバーにはパソコンでランダムに引いた線を印刷。
そうして作った素材を切り貼りしてみる。
線の動きでリズムが生まれ個性を持った作品になる。
ローテクニック、いえ、一見(いっけん)ローテク。
でも一見ローテクを侮ってはいけない。一見ってとこがミソ。
一見では分からないところに実は実は拘りの技が有るのですよ。
ローテクで人様に見せる作品を作ることは実はとても難しい。
実際私の好きなアーティストの作品は一見ローテクで制作されている物の方が多い。ミュージシャン然り俳人然り。
勿論私のものが多くの人の共感を呼ぶほどのレベルに達してはいないことも重々自覚した上で言わせてもらえれば 分かりやすいテクニックに走ったり頼ったりする気持ちを抑えて自分だけの拘りで敢えてのローテク選択なのだ!と小声で言いたい。(小声でってとこが気が小せぇ)
自分の(好き)に理由は無用。何に拘るのか何故そこが大切なのか?どこまでも自由に選び、そしてその(好き)を信じてみよう。
私の作品はこんな単純なオモワクから生み出される。それでいいと今は思っている。
MAAM-Metropoliz / Roma
今回ローマでの滞在の最終日を土曜日に決めたのはMAAM-Metropolizというアートスペースに行きたかったから。
ここはいわゆる不法占拠という方法でアーティストたちが活動をしている場所で土曜日だけ一般開放している。
20年近く廃墟となっていたサラミ工場に家を失ったり追われたりしたイタリア人や移民の人達が住み着いた事から始まったらしいが当初こそ治安に問題ありのこの場所も地区の有志たちの努力で今では個性的なアートスペースになっているという事。
さてそこはローマのうんと外れにある。時間の都合もあるので行きはタクシーで。プレスティーナ通り913と手書きの番地が書かれた門前までタクシー代約30ユーロ。結構遠い。
入り口で任意の寄付金を箱に入れて早速周りを見渡せばもう私のアドレナリンはフツフツ。顔面には薄ら笑いが、、、。
既に空気が違う。放牧地のような、キャンプ場のような、穴倉のような、廃墟のような、広場のような、長屋のような、いろんな空間が奥に奥に上に上にと続いている。
ここはもう覚悟を決めて躊躇なく潜入でしょーよ。
子供達が走り回っている。チャオと声かけるとチャオと明るく応えてくれる。
廃工場の内や外に継ぎ足したり修繕したりして人々の居住空間があり好きな場所をアトリエにして作品を制作中のアーティストもいる。
あちこちにグラフィティが描かれ奔放な作品がインスタレーションされている。
時々ポタポタと雫が落ちてくる。見上げれば大きく開いた天井の穴から真っ青な空が見える。 一画にはジァンクなカフェまであり中南米人らしき女性たちが料理をしていた。
イタリア人や多民族の人々がごっちゃに暮らしている。
展示スペースよりもこの住人たちの居住空間の作り方の方が断然興味深く私の足取りはどんどん軽くなる。
薄暗い廊下を進み角を曲がれば急に視界がひらけ洗濯物がはためく広場のような場所に出たり、半壊の壁の向こうにテラスが広がって三輪車で走ってくる女の子とすれ違ったり。

決して恵まれた環境とは言えないんだろうが伸び伸びとした空気が流れているのは何故だろう。
内と外の曖昧な空間は私たちに線引きのくだらなさや窮屈さを示しているようだ。
最低限のインフラで暮らしていようと大切なモノは自身の心根にあり生きるのに必要なものは人との繋がりという、なんだか忘れ去らせそうな価値観が此処では活かされている。日本で言えば戦後のバラックや市場、に近いのかもしれない。
イタリア発祥の美術ムーブメントArte Povera (貧しいアート)の自由な支流がサラサラと脳内を流れてくる。
しかしこういう場所はいつ政府による強制撤去になるかは分からないという。
阻止できる方法は名所になることかも。 興味のある方是非どうぞ!

さぁ、いつまでもここに留まりたい気持ちを抑えて帰りは住民の青年に教えてもらった経路でバスと路面電車を乗り継ぎローマの街中へと戻る。
ホテルへの帰路チルコマッシモ(古代ローマ競馬場跡)で小石や鉄屑、陶片らしき物を拾う。正にロマン溢れる自分へのローマ土産として。

Grazie Roma Grazie Italy!

MAAM-Metropoliz についてのより詳しい情報は以下HPで。
http://passione-roma.com/人が暮らす現代美術館-metropoliz/" target="_blank">metropolis/







ミラノで



さて4月は佇まい展ミラノでした、と過去形ですが無事終了。
サローネというインテリアの国際見本市のような行事に合わせての開催となり会場にもイタリア人よりももしかしたら他国の人の方が多かったかもしれない。
私にとってはそのことが好機となり実際関心を持って頂いたのも殆どが北ヨーロッパから来たそれ関係の人たち、という結果でした。
ベルギー(アントワープ)のギャラリーからは沢山選んで頂いた上にこの会期後にも作品を預からせてくれ、という新展開のオファー迄。ありがたいことです。
反面イタリア人たちの反応には今ひとつガツンという手応えが無く、それはどの作家も似たようなもので、この生き様メンタルの大いに異なる国(大切なのはアモーレ、マンジャーレ、カンターレ?だったっけ)で日本の生活工芸を受け入れてもらうには根気強いアプローチが必要なのだろうか、あるいは無謀な試みか?無理強い!なんて事じゃなければ良いけれど(汗)
それでも披露しなければ何も始まらず反省が次の展開への推進力にもなるはず、と作家たちはすでに先を見ながら活動を再開しているはずです。
どこか楽天的で且つ頼もしい佇まい展の作家たちですから。

それにしてもイタリア美味しかった!
Buono!ばっか連呼し帰国したら2キロの体重増加!にゾーとしつつ美味しかったベスト3などを頭に思い浮かべもう涎出そうになっています。
トロトロの湯葉のようなフレッシュチーズとトマト、薄切りカラスミトッピングのサラダ、ベネチアのソフトシェルクラブ、乳化したボンゴレパスタ、信じられないほど美味しいカリカリパンチェッタの入ったカルボナーラ、、、
選べない!どれも目が醒めるほど美味しゅうございました!
グラッチェ、イタリア!グラッチェ、私の丈夫な胃袋??
さて、イタリア編後半、是非お伝えたい場所などあるので近日中に写真とともに再upする予定です。
佇まい展ミラノ




いよいよ佇まい展イタリアへ行きます。
パリから始まりニューヨークへそして今回はミラノサローネの時期に合わせての開催。4/3〜7 at MUJI CORSO BUENOS Aires MILANO
正直私の作品がイタリアで評価される自信は無い。が、とにかく作品並べてみないと始まらぬ、で、いつもの楽観主義でGO。
なんせイタリアといえばジーンズにアイロンかける!という衝撃な習慣(笑)があるそうで私のボロ推しの作風(ってどんなんや??)が拒否されるのでは、と危惧しつつ
一方で「貧者のアート」という分野が生み出された国でもあるというギャップが興味深いと思っているわけで、、、。
さてどんな人たちに会えるのかどんな反応を貰えるのかビクビクではなく堂々とワクワクしながら作品を並べてみよう。
会場の写真も楽しみにしていてください。
線の紙
私が箱を制作する過程の一つに紙を貼るという作業がある。
今までは主に古い書類や古ノートのページを使用してきた。
時には道で拾ったメモ用紙なんかも。
手書きの数字や文字が味わい深く用済みのモノが放つクタビレた古い紙質自体が充分魅力的だからだ。
好い具合の紙を見つけ出せるかで作品の質は左右される、と思っている。
つまり紙を見つける感度と労力が制作過程上必須。
これはこれで鍛えている自負はある。
アトリエの引き出しや棚には収集してきた古紙が層を作り見飽きない好い一角になっている。
ただ、今ハマっているのは普通のコピー用紙にパソコンでデザインした線を印刷した「線の紙」を作ること。
コレがなぜ面白いかというとひとえにパソコン技術の未熟さ故、自分では意図しないような線、図形ができてしまうという不得手上等!という訳のわからなさ。
Mac Proを立ち上げ 慣れない作業で線を引いてゆく。
表を作ったり手描き線を足してみたり行替えや線の太さも結構適当というか、、、適当になってしまう。
つまりちゃんと整えるってことができない。コレが思わずヘンテコな線になって実に私らしい(イイ加減ライン)になる。
整列より整列と見せかけてチョット乱れている−これが自由社会だ!って思わずイデオロギーっぽい独り言を小声で叫ぶ?
家のコピー機で量販紙に印刷しその紙を切り取りながら箱の面に貼ってゆくと線や格子模様が意外に障子や欄間などの日本的なデザインにも見えたりもする
ただしそこは私メイクなのでボロ感は出したい癖でチョット粗っぽい加工は入れますが、、、。
このシリーズは次の「佇まい展」ミラノへ出品する予定。
積み上げれば日本の都会のビル群のようにも見えポツンと一つ置けば格子窓の一間にも見える。
ピカピカイメージの強いイタリアでどんな評価を貰えるのか?いつものようにピンポイント受けだろうな、やっぱり(笑)


2016の展覧会終了!
さていよいよ今日で今年の展覧会も終了。
すでに前半どこだったけ?状態でその為にブログに記録しているようなもの。
6月ニューヨーク行ったんだったよ〜何だかもう記憶が薄れているってのはその後のパリでの展覧会があまりに濃密な経験だったからか、、、。
あんなに時間も自由も信頼も経済的サポートも頂いての仕事は初めてでした。
良いギャラリストに巡り会えて本当に良かった!
でもこれは決して運などではなくブレずに活動してきた小さなコツコツが引き寄せたものだと自負している。
さらに沢山のヒトたちに支えられての結果でもあります。感謝!
それはそうと奈良の[鹿の舟]は古い日本家屋を改修した空間です。
ギャラリーとして作られた場ではないのですがある意味自由に展示空間を構成も出来る。 日本家屋の持つシンプルさと線のデザイン、その魅力に素直に従い展示してみました。
私の作品を置いた部屋はレトロな洋間で古い格子の窓枠の外には奈良の家並みが広がる。その光景につながる不思議な区域の様な展示になりました。
今年数々の展覧会に足を運んで頂いた皆様に心より感謝します。
いつか感想聞かせて頂けたら嬉しいです。






奈良「鹿の舟」二人展案内






今年最後の展覧会は奈良。
くるみの木が奈良の旧市街にオープンした「鹿の舟」にて。
これまでは秋篠の森「月草」で開催していましたが今度のところは初めて。
古い一軒家を中村好文氏がリノベーションした建物ということで洋間と日本間のあるとても良い感じの空間。
先月まで展覧会を開催していたパリの元工場後の剥き出し空間とはガラリと変わっての奈良らしいスペースでどんなインスタレーションをお見せできるのか、ドキドキですが楽しみです。
近郊の方、ご旅行をお考えの方どうぞお立ち寄りください。
カフェや図書室も併設しているようです。
尚今回は蔵にて岩田十三の水彩画三点も特別展示させていただきます。

12/10(土)ー18日(日)11:00〜17:00
会期中水曜日休/ 最終日〜16:00
作家在廊10、11日
鹿の舟 0742-94-3500
脆弱な梯子


パリでの展覧会のインスタレーションにはノベ20日間程かかった。
数年前からパリ滞在中に拾い集めた板切れや鉄板その他諸々のジャンクをギャラリーの倉庫に保管してもらっていた。
さーて!これらをどーしょー??と我ながら集めたジャンク類を前にしてその多さに戸惑ったが、展示をして行くうちにどんどん消化し結局ほぼ使い切ったから凄い。
偉いぞ私! そして展示の最後は布地加工工場から譲ってもらっていた黒いウール地を切り裂き長い布の梯子を作った。
梯子を下げたのには実は意味がある。
借りていた友人の19区アパートに程近い大通り沿いやメトロ線高架下に連なるアフリカからの難民のテント、日に日に増えて行くそのさまを毎日目にしながら生活していた。
民間ボランティアの隣人たちが食事を配給する中、難民たちは狭いテントの中で毛布にくるまり身体を寄せ合う。
その光景は日本に居てヨーロッパに押し寄せてくる難民たちの様子をテレビ画面でしか見たことのなかった私の心を動揺させた。
今、正に世界で起きている現実。
日常の光景の中に在る厳しい現実。
私たちの差し出す梯子はとても脆弱だ。それでもそんな梯子にさえ手をかけざるを得ない人たちがあとどのくらいいるのだろう、、、。
そんなことを思いながら (ナニモシラナカッタコトトオナジ)自分を戒めるように梯子の段をキツく結びこの展覧会のシンボル旗として天井近くの壁から床に下ろした。
敢えて説明はなし、タイトルも記さずただ寡黙に下ろす。
2016年10月11月パリ20区のギャラリーには私たちの結んだ「脆弱な梯子」が下りている。